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辻 晉堂の人と作品

木村重信
出典「辻晉堂陶彫作品集」講談社 1978


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京都という地の利を生かして、主として陶彫をつくってきた辻
さんは、市中からの登り窯の撤去にともない、一時的に版画や
モニュメントの制作に専念していたが、昭和四十八年頃から電
気釜による陶彫の制作を再開する。
それらは昭和四十九年の京都・射手座での個展、昭和五十年の
東京・伊勢丹や京都・朝日画廊の個展で発表された。
技法的には素焼のものと、うすく灰釉を掛けたものとである。

この期の陶彫の特色は電気釜の大きさの関係もあって、作品の
サイズが従来のものより小さくなったことと具象的な形態が多
くなったことである。

このような作風の変化について辻さん自身は私への手紙のなか
で「昭和三十年以前の仕事の方へ立ち戻って行ったやうなとこ
ろがありますが、それは三十年すぎから四十年すぎまでの約十
年の仕事のなかに一貫して追ってみたものをすてたといふわけ
でなく、それと一緒くたになったやうなことでせうか」と言っ
ている。

このことを私は螺旋階段にたとえたい。
つまり、具象的イメージに基づくという点では、昭和三十年以
前の作品と最近の作品とは同じ螺旋階段に属するが、作品の占
める位置は、前者は下方に後者は上方にあって大きく隔たって
いる。
たとえば、辻さんの自刻像である『目と鼻の距離について』は、
鼻と口の部分を細長い三角形として突出させ、他の部分は後退
した大きな平面として、それに眼の突起をつけている。
思い切った抽象性のなかに辻さんの個性的顔貌をあらわす、こ
のユニークな造形は、抽象と具象、無機と有機とを見事に統一
している。

そしてこのような形態の把握は、やはり昭和三十年以後におけ
る長く厳しい仕事を経た結果である。この作品の系列に属する
同じく自刻像と思われるものには『拱手の自像』『老人の日の
老人』『ワシ』などがある。
『老人の日の老人』は横臥像で『目と鼻の距離について』や
『ワシ』とは逆に凹部に特色がある。

『ボーシをかぶるオンナ』と題する作品がいくつかあるが、こ
れらはオノ・ヨーコさんのイメージから出発したもので、先述
の自刻像と同じく個性的であるとともに普遍的であるという、
デイアレクテイック的形態である。
また『カラカサのオバケ』と題された連作も、極めて興味深い。
これらは頗る立体的な作品で、堅固な造形のうちに不思議なユ
ーモアをただよわす。
『円いカホのオンナ』も同様で、おそらく特定のモデルのイメ
ージから出発したものだろう。

このように、この時期には、特定の人物に取材した作品が多い。
琵琶を持って坐る人物をあらわした『山房清韻』は、おそらく
早川幾忠さんだろうし、『櫻姫東文章』の女形は坂東玉三郎さ
んだろうし、そのほか足立巻一さんをモデルにしたらしいもの
もある。
また『デンキヤサンのカホ』は、かつての碍子をもちいた
『詰込教育を受けた子供』に似ながらより有機化されており、
『イザウ』は縄文期の土偶に似て、しかも暖かい。

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罐詰の罐をモチーフにして、人物をあらわした一連の作品も興
味ふかい。無機的な罐と有機的な人面との取りあわせが面白く、
しかも両者が無媒介に統一されている。なかには罐の上部の正
円を顔に見たてて、そこだけを真っ赤に塗った『潰罐形象』が
あり即物的傾向が言わばその極に達している。たとえて言えば、
罐詰の内部の「自由」を取りだそうとしたのが、昭和三十年以
前の辻さんの作品であるとすれば、最近の作品は卑俗な罐に
「自由」を封印したといえる。
このようにして辻さんは、芸術をその美においてではなく、
その存在性格において見るという新しい美学を具体化したので
ある。

ところが辻さん自身はちょっと拗ねた態度で、自分の作品を解
説する。昭和五十年の伊勢丹での個展の案内状に、辻さんは次
のように書いている。
「私は極度に仕事を怠ってボンヤリと十年ばかりの歳月を過し
てしまいました。その間に世の中は激しく移り変り、完全に私
は取り残されてしまった形になりました。
ですから友人たちの今日的なハイカラな仕事をば、私は遠くは
なれた地点に立って眺めてゐるわけで、それはまるで活動写真
をみてゐるやうな心地です。
私は呆けました。もともと時代錯誤的な自分の仕事への考へを、
今や更に泥臭くしてしまはうと思ひ、カビの生えたものにし、
古びた臭ひをもたせることに興味をもちます」。

しかし、この文章は全くの反語なのである。辻さんは自分の仕
事が「時代錯誤的である」とは露ほども思っていない。また、
「極度に仕事を怠ってボンヤリと十年ばかりの歳月を過した」
のではないことは、先述の私の追跡からも明らかである。
ただ辻さんは通俗的な意味での「今日的なハイカラな仕事」を
嫌いそれを非難するかわりに反語法でみずからを蔑むのである。
このような態度は辻さんの日常生活でも時折みられる。浴びる
ように酒を飲み、夜を徹して談じることもあれば、ときには誰
に会うのもいやになって膨大な専門書に囲まれつつ、ひとり書
斎で仏書をひもとく。

この振幅の大きさは、自己に忠実で純粋そのものの辻さんの人
柄に由来するのだろう。

もう二十年も前のことだろうか。ある会合で二つの意見が対立
し収拾がつかない状態のとき私が折衷案を出して、その場を収
めたことがある。あとで辻さんは私に忠告して、「若いうちは
どんどん自分の意見を主張すればよいのだ。誰でも年をとれば、
君も五十歳ぐらいになれば、ほとけの境地に近づくだろうよ」
と言った。

ところが、その当人の辻さんは七十歳近くになっても、若い頃
と少しも変らない。その秘密の一因は、今泉篤男さんの言う
「蓬髪痩驅」の頑健な身体にあるのだろうが、真の原因はやは
り辻さんの精神の若さに求めなくてはならない。

すべてについて妥協することを好まず真摯に自己を生きる辻さ
んが、今後その芸術をどのように展開させるかを、私は最大の
関心をもって見守りたいと思う。

木村重信 1978
美術評論家
大阪大学文学部教授