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辻晉堂小伝

安達允
鳥取県伯耆町二部地区活性化推進機構顧問


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生誕100年 偉大さ再認識

フォーラム

毎年九月12日は「鳥取県民の日」である。鳥取県は明治9年に
島根県に吸収合併されたが、同14年9月12日に分離再置された。
平成10年、その日にちなみ設けられたのである。
県民としての意識を高め、自信と誇りをもつことなどを目的と
するもので、毎年その日を中心に各種行事が開催されている。
平成17年度のテーマは「郷土が生んだ現代彫刻界の異才辻晉堂」
と決まった。県出身の芸術家では初めてである。

県主催でイベントの内容は、米子市美術館での作品展示、米子
コンベンションセンターでのフォーラム、二部へのバスツアー
などでかなり前から準備が進められた。

当日の参加者は約300人と大盛況だった。
片山善膊知事の挨拶の後、木村重信兵庫県立美術館長の基調講
演が始まった。著名な美術評論家で京都芸大では同僚で、辻を
最も良く知る人物である。

専門的な視点から微に入り細にわたって語り、聞くものに深い
感銘を与えた。続いて木村を含めて三人の専門家によるパネル
デイスカッションである。映像を使い作品を写し出し、多くの
観点から論じられた。陶彫と陶芸の違いについての議論は素人
にはやや難解だったが、聞きごたえがあった。

このフォーラムは格調高く、参加者は満足したことであろう。
翌11日は、二部へのバスツアーで、筆者が案内役を務めた。
資料を準備して車中と二部の現場で説明し、帰途伯耆町の施設
「鬼の館」で、展示してある辻の作品などについて解説した。

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生誕100年

辻の個展は県内で何回も開催されているが、県主催のこの顕彰
行事が内容豊かに成功裏に終った事は無上の喜びだった。二部
小学校の校門正面に等身大の銅像『拓士の像』がぞびえている。
昭和16年、二部村の依頼で31歳の辻が制作したもので、もとは
セメントだった。平成元年、溝口町文化振興会が提唱推進して
ブロンズ化し、多くの町民が協賛した。
若者が自らの前途を開拓していくという気分に満ち、無限の可
能性が感じられる。この像には多くのエピソードがあり、二部
地区のシンボルとして人々に愛着を持たれている。

静恵婦人は実によくできた人で、芸術家肌の夫を支えて苦楽を
ともにし後顧の憂いなく思う存分に活躍させた良妻慈母といえ
よう。長寿を保ち、平成16年94歳の天寿を全うした。
辻夫妻の墓は二部極楽山の頂きにあり、49歳の若さで亡くなっ
た長男敦夫を抱くように眠っている。
茜、早苗、有子の三人の娘は、それぞれ京都、フランス、ドイ
ツで健在である。

辻の没後すでに30年。今年は生誕満百年にあたる。
「人生は短く芸術は長し」という。
偉大な先人、辻のことを思い起こし、再認識するのにふさわし
い年といえよう。

安達允 2009
日本海新聞
「出雲街道今昔物語」